2009年6月アーカイブ

Judoと柔道

 篠原の銀メダルには皆さん悔しい思いをされたと思います。ビデオで見ると主審があの瞬間、篠原しか見ていないのに気がつきます。あれでは誤審をしてもしょうがない。Judoでは自分をアピールし勝ち上がっていくことが大事でしょうが、柔道の世界で審判に文句を付けることがあるのでしょうか?礼に始まり礼に終わる柔道、篠原もクレームを付けたが、記者会見の時には立派な柔道家に戻ってあの発言になったのでしょう。フランスのドイエも金を返上することは、柔道家として出来ないことでしょうな。柔道家でありながらJudoで勝つためには、圧倒的な力がないといけないということですか、口で言うのは容易いけどね。<br>
あっれ~、書こうと思った事と違う方向へ行ってしまった......( ^_^ ;)<br>
<br>
 それにしても、女性の活躍は目覚ましいものですね。特にその発言は、個性に溢れています。<br>
「長い間思い続けた初恋の人にようやく巡り会ったような...」「すごく楽しい42キロでした」等<br>
<br>
 わたしも「すっご~く、楽しい2年間でした」と言えるよう、我が儘を言い・やりたい放題する必要がありますよね!〔ええ加減にせぇ、ちゅーとんのに!〕 (/\) \( ^o^ )/

 

 

HARUZEN 広島

健全な身体に健全な心を

 「健全な精神は健全な肉体に宿る」運動会の挨拶によく引用される言葉ですよね。
 それなら傷害を持つ人はみな健全ではないのでしょうか、自慢げに挨拶するのを見るたびに笑ってしまいます。


 本来は確かローマの風刺詩集で「健全なる身体に健全な心を宿らせてくれと願え...」から曲解されたものらしい。私にはむしろ、健全な肉体には健全な心が宿りにくいからこそ、願い・注意しなさいという意味だと思うのですが...絶好調の時に人を思いやる気持ちは育ちませんよね...
 この詩の続きは、「死の恐怖にも毅然と立ち向かえる精神を与えよと。人生の最後を、自然の最後の贈物と受け取る心を......願え」だったと思います。(自信はありませんのでそのつもりでご容赦を)


 「健全な肉体に健全な精神は宿りにくい」ことはよ~くわかっています。
 だって病気の時はソ○プには行かないもんね、T根ちゃん!!
ということは、女遊びもそれだけ体は健全な証拠だよな。ふむふむ


 いずれにしろ、体は強健でも考え方に問題のある人はローマの時代からいたわけで、体の弱い私は一安心!


<でも体が弱く、考え方に問題のある人は最悪かぁぁぁあ。ケッ!......>

 

HARUZEN 広島

このアーカイブについて

このページには、2009年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年5月です。

次のアーカイブは2009年10月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。